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3-1-3-2シャツ

爆心地から1,200m 大手町八丁目 堂黒みどり寄贈

広島工業専門学校の生徒だった堂黒勉さん(当時20歳)は、学徒動員先の工場に向かう途中、鷹野橋のバス停で被爆しました。8月9日、広島赤十字病院に収容されているという知らせを受けた両親が連れ帰り看病しましたが、勉さんは27日に亡くなりました。

シャツは勉さんが当日着ていたものです。

 

姉・みどりさんのお話より

体は火傷でずるずるになり、耳が取れていきました。日に日に容体が悪化する中、「こんなに顔が焼けたんじゃ、遊びにも行けなくなったよ」と言っていました。思い出すとつらく、忘れてしまいたい。

 

堂黒勉さん
堂黒みどり提供

 

 

本館 被爆の実相 3 被爆者

3-1-3 魂の叫び 3内の資料